ケニアで個人間送金・決済サービス「M-PESA」が普及した理由とは? M-PESAから学ぶフィンテックサービス普及のカギ!

コラムまとめ,ケニア,フィンテック

ケニアのM-PESAというサービスをご存じだろうか。

M-PESAは電話回線を使用したお金の送金・決済サービスで、今やケニア内の送金・決済インフラとなっている。

実際、M-PESA上での取引額は6.9兆ケニアシリング(約7.5兆円)で、これはケニアのGDP、約7兆ケニアシリング(約7.7億円)と同等の取引額になる。M-PESAが発表したレポートによると、M-PESAのユーザー数は2700万人。ケニアの人口の約60%の人が利用している計算になる。

M-PESAの利用ユーザーは2700万人 2017年Safaricom年間レポートより

日本でも最近になって、LINE Payを筆頭として個人間送金サービスを提供する会社が増えつつあるが、ケニアでは2007年のM-PESAの登場から、個人間送金・決済が当たり前のように行われてきた。

ケニアでM-PESAはいかにして誕生したのか。どのようなサービスを提供しているのか。成功の要因は何だったのか。

ケニアのM-PESAの事例から、キャッシュレス社会に向けたフィンテックサービス普及のヒントを探る。

[toc]

出稼ぎ労働者の家族への少額の送金ニーズがサービス開始の発端

M-PESAはケニアの出稼ぎ労働者による少額の送金ニーズから生まれた。

都市から離れた場所に住む人は出稼ぎで何とかお金を稼ぎ生計をたてていた。

「稼いだお金をすぐに家族のもとに届けたい」

そう思ってはいても、都市から離れたエリアまで銀行のサービスは普及しておらず利用できない。(そもそも貧困により金融サービスにアクセスできない人が多い。)

そうした現状の中、2002年にイギリスの団体であるCommonwealth Telecommunications Organisationが行った調査によると、携帯の通信費をお金の代わりにして家族や親戚、友人に送っているということが明らかになった。

スクラッチした後の番号をお金の代わりとして送っていた

ケニアでの通信費の購入は基本的に前払い制になっており、Airtimeと呼ばれるカードを購入する。そのカードをスクラッチした後に、記載されている番号を携帯上に入力すると購入した分の通信費がアクティベートされる。

このAirtimeに記載されている番号を家族や友人に伝えることで、受け取り側はそのまま通信費としてアクティベートすることもできれば、再販売することで現金化することもできた。

このAirtimeをうまく活用して、実質お金が送金されているという事実が判明したのだ。Commonwealth Telecommunications Organisationはイギリスの通信会社Vodafoneでマイクロファイナンス事業に携わっていた方に呼びかけ、ケニアでのモバイルマネー事業についての議論がされた。

2005年にはVodafoneの傘下であるケニアの通信会社Safaricomがケニアでモバイルマネーのパイロットサービスの展開を始めていた。そんななか、ケニアのMoi大学の学生がお金の送金、受け取り、引き出しを可能にするソフトウェアを開発したというニュースが飛び込んできた。

Safaricomはすぐにその学生にコンタクトをとり、開発した送金・決済サービスを買収。2007年に個人間送金・決済サービス「M-PESA」をリリースした。

Mはモバイル、PESAはスワヒリ語でお金を意味する。

潜在的に存在した少額の送金ニーズを満たす形で2007年と早い段階から個人間送金を可能にするM-PESAがケニアに登場したのだ。

電話回線を利用してお金の送金・引き出し・決済を可能にするモバイルバンク「M-PESA」

スマホのM-PESA利用画面。ガラケーでも利用できる。

M-PESAは、電話番号とケニアの国民IDがあれば登録することができる。

M-PESAの登録は5分もかからない。電話番号と国民IDをSafaricomショップもしくは13万店舗あると言われているM-PESAエージェントで提示するだけだ。外国人であれば国民IDの代わりにパスポートで登録することができる。

お金の送金には電話回線を使用しているため、ネットへの接続は必要ない。携帯電話さえあればお金を送金できることが普及を後押しした。M-PESAは銀行など通常の金融サービスにアクセスできない人のモバイルバンクとしても機能している。

ここでは、M-PESAのサービス内容を詳しく紹介したい。

送金

M-PESAでお金を送金する際に必要なステップはたったの3つ。送金先の電話番号入力、送金額の入力、M-PESA登録時に設定したパスワードの3つで送金が完了する。最後に入力するパスワード認証が不正送金を防いでいる。

引き出し

M-PESAアカウントに入金されているお金を引き出したいときは、Safaricomショップ、もしくはケニアに13万店舗あるM-PESAエージェントで引き出すことができる。それぞれのエージェントに登録されているエージェント番号宛に引き出したい額を送金する。 登録時に使用した国民IDを提示し、送金が確認されれば、送金分の現金を受け取る(引き出す)ことができる。

通信料の購入

M-PESA内にお金が入金されている場合は、店舗に行く必要がなく、携帯上で通信料を購入することができる。自分の携帯の通信料だけでなく、該当する電話番号を入力すれば他人のためにも通信料を購入することができる。

預金・借入

M-PESAとは別のサービスであるがモバイルバンクサービスも提供されている。M-PESAのアカウントがあれば、アクティベートするだけで利用できる。M-PESAとの違いはお金をモバイル上で保持しておくだけで金利がつくこと。銀行口座を持つことができない人にとってモバイルバンクとして機能している。また、少額の借り入れも行うことができる。

決済

レストラン、スーパーマーケット、キオスク(小規模小売店)でM-PESAを使って決済することができる。それぞれのお店に付与されているエージェント番号、支払い金額を入力し、最後に暗証番号を入力し確定すれば決済が完了する。同じ仕組みでオンラインでの決済にも応用することができ、オンラインでの販売においてもM-PESAを使って決済することができる。

M-PESAの普及を可能にした4つの施策

ケニア全域に存在するM-PESAエージェント Photo credit: Fiona Graham / WorldRemit

M-PESAは、ユーザーがお金の送金、引き出しをする際に徴収する少額の取引手数料が収益源となっている。M-PESA上での取引数が多ければ多いほど儲かる構図だ。

今や、ケニアの人にとっての送金・決済インフラになっているM-PESA。

どのようにしてユーザーにとっての利便性を高め、ユーザーを囲い込んだのか。M-PESAのオペレーションモデルと成功の秘訣に関する4つ施策を明らかにする。

1.会話の中からスキルセットを確認し、初期費用と教育の提供によってエージェントのサービス品質を担保

M-PESAが新たにエージェントを開拓するうえで、既存のAirtime(通信費)を販売しているエージェントを活用することは利害関係がバッティングしてしまうためできなかった。M-PESAを利用すれば、店舗に訪問する必要はなく、携帯上で通信費が購入できてしまうからだ。

M-PESAは独自でエージェントネットワークを構築する選択をした。ポップアップストアやキオスク(小規模小売店)を運営する人にM-PESAエージェントに関する募集について話し、その会話の中からビジネススキルや会話力を確認した。

実際にエージェントとして仕事をお願いする人には、M-PESAが初期費用を負担した。さらに顧客にサービスを提供するシュミレーションや現金とモバイルマネーの管理方法の教育を行った。それだけでなく、2週間に1度、店舗を訪問し、正しくサービスが運営され、管理を正しくできているか確認を行うことで高いサービス品質を担保した。

エージェントはM-PESAによる支援を受けてサービスを提供し、取引数、取引額、取引人数を基準に手数料を頂くことができる。通常の業務の傍ら、M-PESAのエージェント業もすることで追加の収入を得ることができるのだ。

2.ユーザー数の増加と共に取り扱いエージェント数を拡大

M-PESAの普及のカギを握るのは、利用したいユーザーの近くにM-PESAエージェントがあるかどうか。M-PESAエージェントがなければ登録できないためいくらサービスが良くても普及しない。

一方でエージェント数が多すぎても1店舗当たりの収益が減ってしまうためエージェント業を行うメリットが少なくなってしまう。M-PESAはユーザー数の増加と共にM-PESAエージェント数も増やすことで1店舗当たりの収益を安定化させた。

エージェントの月間取引数を1000回に調整するのが、ユーザーにとって利便性が高く、エージェントにとっても収益が出るという成功基準を明らかにした。このバランスこそがM-PESAの普及のカギだ。エージェントが不満を持たないようにエージェント数をうまく調整した。

M-PESAはこの基準を元に、ユーザーの数に合わせて、エージェントも囲い込んでいった。

3.ケニア全域にM-PESAエージェントを拡大し、利用者とエージェントの距離を最小化

モバイルマネーに関するマッキンゼーの報告書によると、モバイルマネーは利用者とエージェントの近さが取引量に大きな影響を与えるという結果がある。エージェントが15分以上離れていると、モバイルマネーは魅力的ではなく月に1-2回しか利用しない。しかし、エージェントが10分未満になると利用回数は月に10回。2分以内であれば月に30回利用するという。

M-PESAはケニア全域にエージェント数を拡大し、ネットワーク効果を最大限活用した。エージェント数を広域に拡大し、消費者が住むエリアからエージェントまでの距離を最小化したことがサービス普及につながり、利用回数の増加にもつながった。

4.数十万人に増えたエージェントの管理を可能にするスーパーエージェント制度

M-PESAは数十万人に増えたエージェントを管理するためにスーパーエージェント制度を導入した。M-PESAはすべてのエージェントと取引を行うのではなく、M-PESAの取り扱い額を大きく設定したスーパーエージェントとのみ取引を行う。

スーパーエージェントはM-PESAから前払いで取引金額を購入。スーパーエージェントは基本的に購入した取引金額分をエンドユーザーではなく、エージェントに販売する。

エージェントはスーパーエージェントから購入した取引額を元手にエンドユーザーに対して取引を行う。この仕組みによって、M-PESAは膨大な管理を必要とせず、数十万人を超えるエージェントの管理を可能にし、ラストマイルまでサービス普及を可能にした。

2007年のサービス開始から2012年時点までで、M-PESAエージェントは4万人を超えていた。現時点では13万を超えるエージェントが存在している。M-PESAはケニア人のモバイルバンクとして完全に機能している。

参考までに、ケニアの人口の約4800万人に対してM-PESAエージェント数は13万人。日本の人口の約1億2700万人に対してコンビニ数は約5万店舗。ケニアには日本のコンビニ以上にM-PESAエージェントが存在している。

M-PESAから学ぶ個人間送金・決済サービス普及のカギとは?

ケニアのM-PESAは上述した通り、少額の送金ニーズを満たす形で登場し、エージェントにメリットを提供する形でエージェント数を増やしたことがユーザーの利便性につながりサービスが普及した。

M-PESAの事例から個人間送金・決済サービスの普及にはエージェント(加盟店)に対して送金・決済以外のメリットをどれだけ提供できるかが重要になってくる。

M-PESAは小規模店舗を運営するオーナーに通常の業務に加えて、M-PESAエージェントとしての仕事を提供することで追加の収入が入る仕組みを構築したことが普及を後押しした。さらに、M-PESAの登録やお金の引き出しのために店舗を訪問する人が増え、M-PESAのエージェント業をすることが顧客の集客にもつながった。

エージェントにとって明確なメリットがなければ、エージェント数も増加せず、ユーザーの利便性も高まらないため普及には至らなかっただろう。

日本でも、お金を引き出すためにコンビニに行く人が多いのではないだろうか。コンビニはATMを設置することでユーザーの利便性を高め、集客をしている。M-PESAも同じ仕組みでエージェントにとっての集客機能として効果を発揮した。

M-PESAの事例から、個人間送金・決済サービスの普及のカギは、エージェント(加盟店)にとってユーザーを集客するためのツールとしてどれだけ価値を発揮できるかにかかっているのではないかと考える。